はじまりに寄せて

ただただ、生まれ育った町のことを綴るメディアを作りたいと思った。
それがこの「つるぐらし」を始めることにしたきっかけ。
至極シンプルで、2年間ずっとあたためつづけてきたことだった。

高校3年生までの18年間、山梨県都留市に生まれ育ったわたし。

「こんな何もないまち、とっとと出ていってやる」
「どこまでやれるか、自分自身を試してみたい」
そんなくすぶる想いを抱えて、このまちから勢いよく飛び出した。

大学から県外に出て、社会人を5年弱。
憧れだったひとり暮らし。大学での充実した経験。
社会人になってからも、「やりがい」を心から感じられる仕事についていたと思う。

けれど、一生懸命に働けば働くほど、
自分のなかの「?」はおおきくなっていった。

わたしは、何のために働いているんだっけ?

どうして、いつ来るかもわからない「いつか」のために
「いま」を犠牲にしてがんばらなくちゃならないんだろう?

わたしは、いつまでもここにいていいのかな?

ある日突然、私は会社をずる休みして、ふるさとの都留に向かっていた。

迎えてくれた幼なじみと湖へドライブしながら話し込んで、
帰ると必ず立ち寄る大好きなカフェの魔法のチャイを飲んで
深呼吸して、でてきた答え。

「わたしは、ここにいたい」

だれにも認めてもらえなくっても。
好きな人に、好きと言ってもらえなかったとしても。

目の前を流れていく雲が、それを優しく受け流してる山々が、なんとなくだけど
「ここにいてもいいし、いなくてもいいよ」そんな風に言っている気がした。

わたしのふるさとは、他のどこでもない、ここだ。

そう思ったらいてもたってもいられずに、
私は大好きだったはずの会社から、辞表を出したその日に消えた。

あれから3年。
「ふるさと」ってなんだろう。と、ずっと考え続けてきた。
わたしの場合は”生まれ育った”というのがやっぱり大きいけれども
幼少期を過ごした場所だけを「ふるさと」と定義しなきゃならない
…なんて決まりはないんじゃないかな。

都留の人はみんな、やさしい。
その優しさに励まされたり、支えられたりしながら
精一杯じぶんと向き合って、チャレンジして、ちょっとずつおおきくなっていく。
そんな「育まれる」ような空気感が、このまちにはある。

時にはその、のんびりした雰囲気にやきもきして、
このまちを飛び出す人もあるかもしれない。
でも、それでいい。

飛び出した先でふと
”そういえばあの人、今どうしているかな”
“あのお店のあの味が、恋しいな”
…そんな風に思い出すことがあったのなら、それはもう立派な「ふるさと」だ。

そんな「ふるさと」に、このつるという町はふさわしい。

このまちを飛び出して、忙しくがんばっているあなたが

はたまた
このまちにいるけれど、日頃のめまぐるしさに足元をすくわれてしまっているあなたが
ふっと振り返って、いつでも帰ってこられる「ふるさと」を、
画面の向こうに広げたい。

このメディアが、そういう場所になれたら。
そんな思いではじめるこのメディア「つるぐらし」。

たまにはふらっと、帰っておいで。

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